ボヴァリー夫人

 サマセット・モームによる世界の10大小説のうちの一つである。フランス北部の都市、ルーアン近郊が舞台となっている。

 田舎医者のシャルルに見初められた美人のエンマは恋を知らずにシャルルと結婚する。夫婦には子供も生まれ、幸せな生活を送っているようにも見えたが、恋愛小説を読んで育ったエンマは、田舎の生活、つまらない夫に満足しきれていない。おまけに、家庭仕事もなく、毎日本を読んで暮らす日々のため、想像だけが膨らんでいく。そういったつまらない日常を変えてくれる出来事を求めるようになる。町の青年書記・レオンとの淡い恋愛を経て、女たらしのロドルフとの恋愛にのめり込んでゆく。ロドルフの手練手管、駆け引きにはまってしまうエンマ。うぶな女である。ロドルフは付き合う前からどうやって捨てるかまで考えている。あるとき、馬で遠乗りをしたエンマとロドルフ。森の中で二人は結ばれる。女はセックスをした男を好きになるというが、まさにそれである。

 後先も考えず、恋に陶酔し、読んできた小説のヒロインに自分を重ねるエンマ。性の快楽を知り、要するに、ロドルフに征服されてしまった女となったのである。征服されたエンマはロドルフの心を捉えておくため、次々と高価な贈り物をする。エンマは男のいいなりになる堕落した女になってゆく。本気になり、ついに、ロドルフと二人で駆け落ちをしようという約束までする。だが、男は駆け落ちなぞする気もなく、遊びの恋を終わらせるべく、別れの手紙をエンマに書き送る。ロドルフとの別れで、錯乱状態になるエンマ。高価な贈り物と、駆け落ちの準備で借金が膨れていく。

 ロドルフが去った後、レオンがパリから戻ってくる。今度はレオンとの恋愛に喜びを見出す。逢瀬のために、家に豪華な家具を揃え、借金はさらに増え、ついに、破産してしまう。そして、レオンに、また、昔の男、ロドルフに、金を無心するまでになる。しかしどこに行っても断られ、借金で首が回らなくなり、追い詰められたエンマは・・・。

 フローベールは寡作の作家で、写実主義文学で知られる。ルーアンの外科医の息子として生まれ、少年時代から創作を始める。パリ大学にて法学を学ぶが、法律には興味が持てなかったようである。パリではヴィクトル・ユーゴーとも知り合いとなり、詩人のルイーズ・コレとも愛人関係となる。てんかんの発作によりパリを去り、ルーアン近郊クロワッセに戻り、そこで残りの人生を過ごすこととなる。フローベールには情婦はいたが、病気が原因であろう、生涯独身であり、子供もいなかった。「ボヴァリー夫人」は5年間かけて書かれたデビュー作である。「パリ評論」誌に連載されたが、その内容により、風俗壊乱の罪で起訴されることとなる。フローベールの作品が後世の小説家に与えた影響は大きい。客観描写の手法を確立した点で、フローベールの以前と以後とで小説を分けることができるほどである。フランスの小説には、不倫ものが多い。夫のある女性との恋愛は、フローベール自身も経験したことであるようだ。そもそも、カトリックでは、離婚は許されていなかったため、相手が死ぬまで別の人と結婚することはできなかった。フランスでは、今でも、事実婚が多い。

 ボヴァリー夫人は、ルーアンの市立病院でインターンをしたのち、近郊の町で開業したある医師の妻の話をモデルとしている。ボヴァリー夫人のあらすじは、この事件を忠実に再現している。フローベールは、それまで、自分の恋愛経験を小説化したことはあったが、ボヴァリー夫人を書く際には、完全に客観的であろうとした。それがこの作品の公平無私な写実的文体につながっている。