ロダンと静岡県立美術館

 静岡市にある静岡県立美術館に行ってきました。JR草薙駅から徒歩で25分くらいのところにあります。パリでロダン美術館を見てきましたので、日本でもロダンを見たいと思い、調べてみると、静岡県立美術館にロダン館があることがわかりました。

 美術館は丘の上にあり、このあたりはおしゃれなカフェや、県立大学のあるエリアとなっています。丘を上って美術館に着くと鞄をロッカーに置きました。ロダンの彫刻作品は別館にあります。聖書をモチーフにしたデューラーの版画も展示されていました。そのスペースを抜けて別館に移動します。別館にはロダン以外の20世紀の彫刻作品もありました。これだけ多くの彫刻を収集している美術館も日本国内では珍しいと思います。

 入り口近くに「花子」の像があります。ロダンマルセイユで見た日本の旅芝居の一座の公演を見て、花子の演技に魅了されたといいます。パリのロダン美術館、またの名をオテルビロンといいますが、そこでの「花子」像制作の様子は森鴎外の短編「花子」に描かれています。日本人でロダンのモデルとなったのは花子だけです。花子は美人ではありません。しかし、ロダンは彫刻家の目で花子を見、その中に美を感じたようです。ロダンは合計58点の花子の彫刻を製作しました。

 ロダンは他の芸術家たちの像を作ることも多かったようです。まずは画家のクロード・ロランやバスティアン・ルパージュの像があります。詩人のボードレールや小説家のバルザックの彫刻も展示されています。パリのロダン美術館にはユゴーバルザックの像が多くあります。ロダンは彼らの小説が好きだったのでしょう。バルザックに関していえば、頭部像以外にも、立像も多く製作したようです。この美術館には、頭部の像と首から下の全身像があります。バルザックロダンよりも少し前の時代の人ですから、ロダンバルザックの像を作るときには写真を見たり、実際にバルザックの服を仕立てた服屋にも行ったりするなどして、正確なバルザックの像を作ろうとしていたようです。そうして出来上がったバルザック像は、発注した文芸家協会から受け取りを拒否されるなど、物議を醸します。現在は、パリのラスパイユ通りにそのバルザック像はあります。

 

バルザックの頭部像


彼の代表作の「考える人」を見ると、ミケランジェロの彫刻を思い出します。ミケランジェロダヴィデ像が、ロダンの考える人に対応しているように思います。とは言っても、力強さや美、自然さという点ではダヴィデ像の方が上回っています。ロダンはイタリアに行ってミケランジェロの彫刻に影響を受けています。ミケランジェロダヴィデは、また、ドナテッロのダヴィデにまでその源泉を遡ることができます。

 考える人はもともとロダンの「地獄の門」の付属の彫刻を抜き出してきて独立させたものです。ロダンは、代表作である「カレーの市民」や「地獄の門」の一部を独立した一つの彫刻として作品にしています。地獄の門はダンテの神曲にインスピレーションを受けて制作されたものです。「考える人」は地獄の門の上部に取り付けてあり、地獄を見下ろして考えている、という構図です。ニーチェの「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」という言葉を思い出します。ロダン地獄の門を作成する上で参考にしたのが、フィレンツェにあるギベルティの「天国の門」です。ちなみに、ドナテッロはギベルティの弟子にあたります。また「天国の門」はミケランジェロ命名したという伝説が残っています。10枚のパネルに旧約聖書の物語が表されています。昔は字が読める人が少なかったので、絵や彫刻で聖書の物語をあらわしていました。

 この美術館にはカレーの市民の第1試作があります。フランス北部の街カレー市には、イングランドエドワード3世に包囲され、飢餓に陥った時に市の主要メンバー6人が投降することにより助かった、という伝説があります。「カレーの市民」から独立した6体の彫刻はそれだけを見ても迫力のある出来栄えです。このカレーの市民像も当初はロダンの意図の通りには設置されませんでした。市民の求める英雄的表現ではなく、陰気な像だったからです。注文主の注文通りではなく、自分の思ったような作品に仕上げてしまうのが、真の芸術家ということでしょう。ロダンいわく、「もし急いだり行き着こうとあせったり、労働それ自身を目的として考えなかったり、成功、金銭、勲章、注文などを思ったりしたら、おしまいです!けっして芸術家にはなれません。」

 静岡県立美術館は、彫刻作品が好きな私は楽しめました。イタリアに行ってミケランジェロやベルニーニの彫刻作品を見てから私も彫刻というものに興味を持つことになりました。やはりどんなものでも一流の物、傑作に触れることは大事なことです。