若きウェルテルの悩み

 婚約者のいる女性に恋をした青年の青年らしい恋、また、求めても手に入れられぬ恋の苦しみと絶望。青年ならば誰にでもありうる恋愛の悩み、相手に対する感情、相手がこうあってほしいという空想・妄想。成就する恋愛ばかりでは人間としての成長は得られぬ。恋愛でも、苦しい思いを抱いてこそ、人として、成長できるのである。最終的に主人公は苦しみに耐えきれずピストルで自殺を遂げる。自殺への願望も若さゆえ。村上春樹の昔の小説では、登場人物がよく自殺する。昔の方が若者の自殺者が多かったということは、ないようだが。今でも、本を読みすぎて、空想で頭がいっぱいになった若者が、自殺をするということは、あるのだろうか。私が高校時代、先生に、30歳までにはこのクラスの中の何人かが死んでいるよ、と言われたのを覚えている。しかし、30歳をすぎた今、高校時代の同級生で、夭折した友人というものを、まだ聞かない。皆、健在である。

 恋というものは、若さの象徴というか、特権でもある。ゲーテは、80歳になっても恋をしたというから、心は若かったのだ。しかも、その恋は、成就しない。振られている。要するに、成就しない恋愛からも、詩は生まれるのだ。相手と一緒にいる時間からではなく、相手と離れて、思っている時間に詩が生まれるのであろうか。恋愛はヴァイタリティがないとできない。老年になっても恋愛をしたゲーテは、また、類まれなヴァイタリティの持ち主でもあったのだ。シェイクスピアも成就しない多くの恋愛をしたと言われる。恋愛からこそ、詩が多く生まれるのだ。

 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテはドイツの詩人、作家、劇作家、自然科学者。1749年フランクフルトに生まれる。詩は10歳の頃から作り始めたと言われている。フランクフルトでは、グレートヒェンと呼ばれる少女との初恋を経験する。ライプツィヒ大学で法律を学ぶが、病を得て、中途でフランクフルトに帰郷。この時期に処女詩集が出版される。20歳の時にシュトラースブルグ大学に入学し、修業過程を完了し、故郷フランクフルトにて弁護士となる。この間、ライプツィヒでも、シュトラースブルグでも、恋愛を経験する。弁護士業には不熱心で、多くの詩や散文を書いて過ごした。法律事務の実習のため滞在した田舎町ヴェッツラルにて、「若きウェルテルの悩み」のロッテのモデルとなった、シャルロット・ブフと知り合う。ロッテはシャルロッテの愛称。菓子メーカーであるロッテは、本作中のロッテにちなんでいるそうだ。ロッテには、すでに婚約者がいたため、恋は実ることなく、フランクフルトに戻る。一知人が、他人の妻への愛に悩んで自殺したことを受けて、本作「若きウェルテルの悩み」を執筆する。「ウェルテル」は成功し、一躍有名人となる。この頃、ザクセン・ワイマル公国の公子カール・アウグストと出会い、のちにワイマルに来るよう誘いを受ける。ゲーテは誘いに乗り、ワイマルに赴く。ワイマルは当時田舎町であったが、文化学芸を尊重、愛好するカール・アウグスト公により、ゲーテやシラーが呼ばれ、文化の中心地となっていく。ワイマルは鎌倉市と友好都市であることから、鎌倉のような街であることが想像できる。一方、フランクフルトは、横浜である。

 ワイマルで大臣となったゲーテは、政務を行う傍ら、自然科学の研究も行う。ワイマルでもゲーテは恋愛をする。年上のシャルロッテ・フォン・シュタイン夫人とである。夫人へのゲーテの熱情は、ゲーテがイタリアへと旅立つまで12年近く続くことになる。

 ゲーテがイタリアに旅行した時のことは、「イタリア紀行」に詳しく記述されている。今でも、ドイツの知識人は、イタリアに憧れるそうである。ワイマルに戻ったゲーテは、フランス革命を経験し、シラーと友好を結んだ。本作の愛読者であった、フランス皇帝ナポレオンとも、エアフルトで会っている。73歳の時、17歳の少女に恋をし、求婚するが、断られる。その経験から、「マリーエンバートの悲歌」が生まれる。数々の作品を残し、恋愛をするたびに詩を作ったゲーテは、60年かけて書かれた大作「ファウスト」を完成し、82歳でこの世を去る。