ゴリオ爺さん

 パリの下宿、ヴォケー館を舞台に、二人の娘に全財産をつぎ込んで死んでいくゴリオ、出世欲に燃える学生ラスティニヤック、物語後半で、脱走した徒刑囚であることがわかるヴォートランなどの交錯する人生活劇が描き出されている。下宿屋を物語の背景に使った小説家は、バルザックが最初であるという。下宿屋を舞台とすることで、様々な境遇の種々雑多な人物を一緒に登場させることができ、便利なのである。

 主人公であるゴリオ爺さんは、元商人だが、今は引退してパリの下宿、ヴォケー館に住んでいる。時が経つごとにだんだん家賃の安い部屋に移っていくゴリオ。それは、できるだけ節約し、二人の娘にお金を用立ててやるためである。また、ゴリオと並ぶこの物語の主人公が、ウージェーヌ・ド・ラスティニヤックである。ラスティニヤックは、美青年であり、パリの社交界でも最高の地位を占めるボーセアン夫人が親戚にいる、という設定になっている。パリに出てきた当初こそ、勉学で身を立てようとするも、すぐに、社交界で出世していこうという考えに変わる。ある時、ボーセアン夫人の舞踏会で、美しい女性レストー夫人と知り合い、すっかり夢中になる。レストー夫人が、実は、ゴリオ爺さんの娘であることがわかり、ゴリオとラスティニヤックの人生が交錯する。

 ゴリオは飢饉の時に、小麦粉を買った値段の10倍の値で売って財産を作った男である。ゴリオには娘が二人いて、姉のアナスタジーは貴族の名門レストー伯爵に嫁ぐ。妹のデルフィーヌは銀行家のニュシンゲン男爵に嫁ぐ。ブルジョワの銀行家の夫人とはいえ、貴族でなければ、社交界に出入りをすることは難しい。社交界に出入りをしたがっている妹を利用するように、ラスティニヤックは言われる。

 この場面のボーセアン夫人の長広舌は恐ろしい。これがパリの社交界なのである。パリ社交界に対する風刺とも言えるだろう。

 ラスティニヤックは、言われた通り、デルフィーヌの愛人となることに成功する。デルフィーヌは、金持ちの銀行家に嫁いではいるが、衣装代など、身の回りの物の代金で借金を作ってしまったため、お金を自由には使えない。そういえば、ナポレオンの妻、ジョゼフィーヌも、大変な浪費家で、衣装代があまりにもかかるため、ナポレオンから自分で衣装代を払うように言われた、という逸話がある。ラスティニヤックも、社交界に出入りするために金がかかり、賭博をし、同じように借金を作る。文無しになり、ラスティニヤックは、ヴォートランからお金を借りるはめになる。そのような状況になることを、ヴォートランはお見通しだったのである。

 ここで ヴォートランという面白い登場人物について書こう。

 ヴォートランはトゥーロンの徒刑場から脱走した徒刑囚であり、「不死身」の渾名を持つ男である。ヴォケー館の皆の前で逮捕され、連行されることになるが、それでもなお皆に好かれるという男である。一見、好人物で頭が良く、生命力に溢れているが、邪悪なところがある。悪人だが、皆には好かれる。そういったタイプのキャラクターであり、バルザックの創造した偉大なる登場人物である。

 ラスティニヤックは、ヴォートランから感化を受けて、その後、パリで出世してゆく。その様は、他のバルザックの小説で語られる。バルザックは、異なる作品に、別の作品に登場する人物を再登場させる、人物再登場法という手法を用いた。それは、その人物が、その後どうなったか知りたい読者が、別の作品も買ってくれるようにと思ってのことだったそうだ。

 この物語は、パリのペール・ラシェーズ墓地で、ラスティニヤックがパリに向けて、挑戦状を叩きつける場面で終わっている。印象的なラストとなっている。バルザックの墓も、実際のペール・ラシェーズ墓地にある。

 

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パリ、ペール・ラシェーズ墓地のバルザックの墓


書評を書くにあたって、本書を再読してみたが、この本は何度読んでも面白い本である。また機会ができたら再読してみると、新たな発見も得られるだろうと思う。それだけ内容の濃い本である。