もし僕らのことばがウィスキーであったなら

 私をウィスキーの世界に導いてくれた本である。この本を読んで、ボウモアを買って飲んでみたのだが、最初は全然美味しく感じなかった。独特の匂いも好きになれなかった。慣れてくると、味も匂いも気にならなくなった。著者もおすすめしているように、半分をストレートで飲み、もう半分を炭酸などで割って飲んでいる。居酒屋に行った時もウィスキーやハイボールをよく頼むようになった。間違いなく読めば世界が広がる一冊である。

 私はこの本を読むまでウィスキーを飲んだことがなかった。20代後半だった。最初は普通のコップで飲んでいたのだが、徐々にウィスキーグラスで飲むようになった。器や、雰囲気が意外に大事であると気づいたのだ。どんな器で飲んだって、どこで飲んだって、中身は変わらないじゃないか、ではないのである。著者はこういっている。「酒というのは、それがどんな酒であっても、その産地で飲むのが一番うまいような気がする」と。だからスコッチ・ウィスキーはスコットランドで飲むのが一番うまいし、新潟の酒は新潟で飲むのが良い。キャンティ・クラシコトスカーナで飲むのが良い、ということになる。フィレンツェで飲んだキャンティ・クラシコは、確かに美味しかった。日本に帰国してから飲むより、値段も安いし、フィレンツェの雰囲気によく合っていた。本書でも、ウィスキーがいかにその地域の生活に根ざしているかが語られている。

 本作では著者はウィスキーの本場である、スコットランドアイラ島と、アイルランドを旅して周り、ウィスキーの工場見学をしたり、パブでスタウト(黒ビール)を飲んだりしている。写真も多数載っているので、文章入りの風景写真集としても楽しく読める。著者は工場見学が好きだそうで、過去にはコム・デ・ギャルソンや人体標本の工場を見学している。小学生や中学生くらいで工場見学をされた方は多いかと思うが、大人の工場見学もおすすめである。私は、ベルギーのブルージュでビール工場を見学した。説明は全て英語で、私の他に参加している日本人はいなかった。見学が終わった後、ビールも飲める。かなり面白かった。

 ウィスキーを飲むシチュエーションであるが、「SUITS」というアメリカのドラマで、主人公のハーヴィーが夜にオフィスでスコッチを飲んでいる場面がある。それがかっこいいので、私も、以前は職場にスコッチを置いていて、仕事終わりに一人でちびちびと飲んでいた。その後、職場が変わったので出来なくなってしまったのが残念である。またそのうちにできるようになればと思っている。 

 「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」という題名は、素晴らしい題名である。ウィスキーを出されただけで、言葉にしなくても通じる瞬間のことのようである。実際にウィスキーを飲みながらパラパラとページを繰ってみてほしい。

 村上春樹は日本の作家。早稲田大学文学部演劇科卒業。大学時代には学生結婚をし、働きながら大学に通った。大学は卒業するのに7年かかった。特に大学時代は、学生紛争の時代で、講義が行われていなかった時期もあったという。大学時代からジャズバーを経営し、最初の小説「風の歌を聴け」はジャズバーが終わった後、毎晩キッチンテーブルで書いたそうだ。その後お店は譲り、専業作家となって世界各地を転々としながら小説、エッセイ、紀行文や対談などを発表している。代表作は「ノルウェイの森」や「海辺のカフカ」など。

 アイルランドの朝食は美味しい、と書かれている。いつか機会があったら本書を片手に旅をしてみたい。