脂肪のかたまり

「モオパスサンは氷に似ている。もっとも時には氷砂糖にも似ている」芥川龍之介侏儒の言葉

 

 脂肪のかたまりとは、小柄で肥満して丸々と太った娼婦のあだ名である。フランス語で、ブール・ド・スュイフという。作品中は本名のエリザベート・ルーセではなく、ブール・ド・スュイフと呼ばれる。ブール・ド・スュイフを中心に、ルーアンの街を脱出し、乗合馬車でディエップまで向かう身分も様々な10人の道中と人間模様が描かれる。普仏戦争の時代、ルーアンの街を敗れたフランス兵たちが通り過ぎた後、戦勝者のドイツ兵たちがやってくるところから物語が始まる。

 愛国者であるブール・ド・スュイフは占領者のドイツ兵に飛びかかってしまい、ルーアンに居られなくなる。同じようにドイツ兵から逃れるため県会議員のカレ=ラマドン氏夫妻、ユベール伯爵夫妻、ワイン商のロワゾー夫妻(ここまでが上流階級で保守派である)、共和主義者のコルニュデ、天然痘にかかった兵士の看護をするためにル・アーブルに向かっている二人の修道女が朝早くに乗合馬車ルーアンを出発する。雪道のため、馬車は予定より大幅に遅れ、昼に着くはずだったトートにも到着できない。街道沿いの店は戦争のため、すべて閉まっている。食料を持って出発していなかった人たちは、激しい空腹に襲われる。一行の中で、食物を持ってきていたのはブール・ド・スュイフだけである。ブール・ド・スュイフは持っていた食べ物を気前よく他の人たちに分け与える。ブール・ド・スュイフのおかげで空腹を満たすことができ、難を逃れた一行は、暗くなってからトートの町に到着する。そこにはドイツ人将校がおり、一人一人の身分をチェックする。宿に泊まり、翌朝、出発しようとするが、ドイツ人将校が出発を許可してくれないため、足止めになってしまう。それは、前日の夜にブール・ド・スュイフがドイツ人将校と寝ることを拒んだためである。理由を知って、ドイツ人将校に対して憤激する一行だったが、しばらく足止めをされているうちに、ブール・ド・スュイフへの怒りが芽生えてくる。いつもは人を選ばず寝ているのに、なぜ今回はそうしないのか?ブール・ド・スュイフを説得し、まんまとトートを出発することに成功した一行。しかし、その馬車の中で、今度はブール・ド・スュイフだけが昼食を持ってきていない。ドイツ人将校と寝ていたため、朝が遅くなってしまったのだ。ブール・ド・スュイフが泣き出しても、誰も昼食を分けてあげようとしない。そんな時、「ラ・マルセイエーズ」を口笛で吹き出すコルニュデ。「ラ・マルセイエーズ」は現在フランスの国歌だが、「脂肪のかたまり」の時代(1870年頃)には、革命のイメージが強すぎたことから、保守派からは嫌われていた。ちなみに、ビートルズの「All You Nead is Love」の出だしが「ラ・マルセイエーズ」である。トートまでの馬車の中ではブール・ド・スュイフに昼食をもらったのに、今度はブール・ド・スュイフに食事を分けてあげない保守派の面々に対する復讐の意味だろう。あからさまに嫌な顔をされても構わず、ディエップまでの道のりの間じゅうずっと「ラ・マルセイエーズ」を吹き続けるところで、この物語は終わる。

 ギ・ド・モーパッサンはフランスの小説家で短編の名手。同じく短編の名手である芥川龍之介モーパッサンを嫌っていたようだ。本作は短編というには少し長く、中編程度である。モーパッサンの数ある作品の中でももっともよくできた作品である。新潮文庫岩波文庫光文社古典新訳文庫などで読める。その中でも、岩波文庫のものが挿絵が入っていて、解説も充実しているため、おすすめである。

モン・サン・ミシェル