カミュ ペスト

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死の舞踏 ルツェルン スイス


 アルジェリアのオランという街。ある朝、医師のリウーは一匹の死んだ鼠を発見した。それ以降、街中でいたるところ鼠の死体が発見されるようになり、何千匹という数の鼠の死体が処分されるようになる。鼠の死体がぱったりと少なくなった時、今度は熱病で人々が死に始める。最初はペストの発生に懐疑的だった当局も、1日の死亡者が30人となった時、ペストの流行であるということを認めざるを得なくなる。

ペストであることがひとたび当局によって認められると、市門は閉鎖され、人々は自由に外と行き来ができなくなってしまう。

 

 都市封鎖である。物語の中では、都市封鎖は数ヶ月に及んだ。都市封鎖された市内の人々の様子は、また、コロナウィルスの蔓延する現代の人々の様子にも似ている。物語は、人々の本質を写し出す。

 都市封鎖によって、主人公である医師のリウーは療養中の妻と離れ離れになってしまう。たまたま市に滞在していただけの新聞記者ランベールも、妻のいるパリに戻れなくなってしまう。ランベールはなんとかして市門の外に出ようと奔走するが、失敗に終わる。彼はぐったりし、カフェからカフェへさまよい歩く。駅の待合室でも長い時間を過ごす。そこで外の世界を夢想する。そんな時に、最も彼にとって心に浮かぶのが辛いイメージは、パリ、また、そこにいる妻のことであった。心を安らかにするためには、離れていて会えない愛する人を想うよりもむしろ、その事を忘れ、考えないようにすることが最善である.のだ。

 真っ当なやり方では市の外に出られないと分かったランベールは、情報を求め、違法に市の外にでる方法を模索する。市の外に出ようとすることは、重大な犯罪となってしまっている。面白いことに、このような時、通常の犯罪は減るのである。

 

ランベールは市から違法に外へ出る手引きをしている組織の人間と会う。何度か脱出を試みる。しかし、いざ、脱出できるという時になると、ランベールは、街に残るという決断を下す。何度か脱出に失敗している間に、自分一人が幸福になるという事を、恥ずべき事だと考えるようになったのである。ランベールは市門が開放されるまで街に残ることになる。

 その後、血清ができることによって、ペストの感染を抑えることに成功した。コロナウィルスであれば、ワクチンである。血清ができ、一旦ペストに感染しても回復する者が出、鼠の姿が何ヶ月ぶりかに現れ出すと、ペストは衰退を始める。一度衰退をはじめるや、ペストは予想したよりも早い速さで衰退をしていった。当局によってペストの数の少なくなったことが認められると、市門は開かれることとなり、そこで物語も終わる。

 ペストの渦中にいる人々が、「ペストが終わったらこうしよう、ああしよう」、と言っているのは、まさに現在、コロナ禍の人々と重なるものがある。歴史は繰り返すというが、我々の本質は時代が変わっても、地域が違っても、変わることはない。歴史から学べば、現在を良くし、未来を予測することができるだろう。

 カミュ(Albert Camus)はアルジェリア生まれの文学者。アルジェ大学卒業後、新聞記者となり、第2次世界大戦時には反戦記事を書いて活躍する。ノーベル文学賞受賞。交通事故にて死去。他に「異邦人」「シーシュポスの神話」などの作品がある。

 

ペストは鼠についた蚤によって媒介される病気である。腺ペスト、肺ペスト、敗血症ペストがある。物語の中では、当初、腺ペストの記述が多く見られたが、後半、肺ペストが多くなってくる。ペストのパンデミックも、中国で発生し、世界に広まったことがある。中世ヨーロッパのパンデミックでは、人口の3分の1以上が死亡した。写真は、スイス・ルツェルンのシュプロイヤー橋にかかっている、「死の舞踏 The dance of death」と題される画である。現世での身分に関わらず、ペストによる死が訪れる様が描かれている。